部員ブログ

2019-8-8
「かっこいい人間」になりたい(姜真淳)

最近の出来事を紹介したい。
2019.7.21。
オフを利用して、高校時代の友達と万博公園で行われた野外ライブに行ってきた。
初の野外ライブだったのですごく楽しみにして行った。
そこでは、10組の有名歌手たちが生歌を披露し観客を魅了していた。
その中でもひときわ歓声を浴びていたのが、今や誰もが知っている国民的歌手の<あいみょん>である。素晴らしい歌声と圧倒的カリスマ性。言葉ではどう表現すれば良いか分からないが、素直にかっこいいと思った。マイクとギターと歌声だけで人々を魅了し、勇気づけ、感動させ、時には泣かせることができる。なんて素晴らしいのだと感じた。そして羨ましいと感じた。そして、私も「かっこいい人間」になりたいなとふと思った。

では、「かっこいい人間」というとても曖昧な言葉の意味は、一体なんなのか?
単に顔が整っていることをかっこいいと呼ぶ人もいれば、お金持ちでなんでも奢ってくれる人をかっこいいと捉える者もいる。おそらく人それぞれ捉え方は違うし、一概には言えないことだ。
私の思う、「かっこいい人間」の捉え方は、人に必要とされ、人の役に立てる人間であるということ。人は、必要とされ、役に立っている時が一番幸せだし、かっこいい。必要とされている自分に酔っているただの自己満だと言われるかも知れないが、一度きりの人生、どうせ生きるなら人に必要とされ、役に立てる人間でありたいと私は感じる。

私が関学体育会サッカー部の選手を辞めて、なぜコンダクター(学生コーチ)を志願したのかはこの部分が大きかったのではないかと今になって思う。選手を何十年間と続けてきて、途中より選手を退くという決断は簡単なものではなかった。しかし、必要とされる存在、人の役に立ちたいという思いが強く、そのためには選手を続けるよりもコンダクターをする方が自分は良いと判断した。また、大好きなサッカー部の存在も大きい。チームメイトは皆、物事に対して真面目に行動することができる。この部分は本当に尊敬できる。ピッチ内では本気でサッカーに取り組み、ピッチ外ではワイワイ楽しく騒いでふざけられるサッカー部の仲間が大好きである。そんな大好きな彼らの役に立ちたい、必要とされたいと思う部分がコンダクターを志願した決め手の一つである。

必要とされること、役に立つことはとてもシンプルだが、とても難しいことであると最近つくづく思う。必要とされる、役に立つことに度合いはないし自分では計れないものである。必要とされること、役に立つこととはなんなのか。どれが正解なのか。現に今、私はコンダクターとしてチームメイトに必要とされている、役に立っているとは思っていない。まだまだ信頼度は薄い。自分自身も現状に全く満足しておらず、反省すべきことや改善すべき課題が山積みであると感じている。私は、コンダクターの行動指針は、チーム、選手ファーストであるべきだと思う。しかしまだまだその行動指針が定まっておらず、楽な方に流されてしまう。情けなさを感じている。信頼を勝ち得るために様々な行動を起こすべきであり、自分自身もっともっと努力すべきである。本気で練習に取り組み、選手と本気で語り、ミーティングし、最高の準備をする。このような当たり前な行動を本気で取り組めば、自然と信頼を勝ち得るし、必要とされ、役に立つことができる。

「かっこいい人間」には、自分はまだまだ程遠い。人に必要とされ、役に立つ時は来るのか。
その為には、とにかくがむしゃらに頑張るしかないと思う。
一度きりの人生。かっこよく生き、「かっこいい人間」になりたい。

男子チーム 3回生 姜真淳


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