2016-12-11
これ以上ない幸せのために(山内 馨介)
インカレの決勝を初めてこの目で見たのは2年前。負けてしまったが、その時の4回生達の姿を鮮明に覚えている。来年はどうなるのだろう、再来年になった時、こんなにも素晴らしい4回生のようになれているのだろうか、そう思ったのを覚えている。2年連続で駒を進めた去年のインカレ決勝。優勝という素晴らしい形で終わり、当時の4回生の凄まじいパワーを目の当たりにした。そして、自分達の代である今年。待ちに待っていたはずなのに、力が入り過ぎていたのか、目には見えないプレッシャーなのか、はたまたこれが今年の実力なのか、ここにくるまで思うようにはいかなかった。
同じ相手に2度負けて逃した関西選手権。昨年王者にも関わらず出場権すら得られなかった総理大臣杯。関西リーグ制覇もできなかった。
はたして、今の後輩達の目には、現在の自分達はどのような姿として写っているのだろうか。過去の自分が先輩達を見てきたような目で、今の4回生を見てくれているのだろうか。勝てない、今年は弱い、去年がすごかった、そう思っているのではないだろうか。そう考えるたびに焦り、悩んだ。
現時点でBチームとCチームの4回生は公式戦がなく、自分もその中の1人である。自分は4回生になっても公式戦に出る機会は少なく、最後はスタンドで応援という形で終わった。情けないことに、高校時代より最後の試合終了のホイッスルを聞く距離は遠くなってしまった。やり切った、もう後悔はないと思いたかったが、やっぱり悔しかったし、情けないし、虚しいし、なによりさみしかった。考えれば考えるほど、後悔は出てきた。今までのサッカー人生の節目で毎回と言っていいほど出てくる感情である。
しかし、今までの節目とは異なることがある。それは、自分にはまだまだ応援したい仲間がいる、やってくれると期待できる仲間がいる、こいつらなら託せると信じられる仲間がいる、そして、何かを残してやりたいと思える後輩がいるということだ。
Cチーム最後の公式戦、4回生よりも声をあげて泣いてくれた1回生。試合中に「4回生の為にやるしかないぞ」と檄を飛ばしていた2回生。Bチームの4回生の引退が決まった瞬間、ほぼ全員が泣き崩れる中、「最後まで4回生の世話になるな、最後くらい自分で立て、甘えるな」と悔しさを押し殺して声をかけていた3回生。そして、最後の最後まで諦めず闘い抜いた4回生。嬉し泣きではないけれど、みんなが流す涙はとても綺麗で、嫉妬するほどカッコよかった。
ピッチ上ではなく、ピッチ外にいた自分だからこそ気づいた発見だった。自分自身が手本となり、引っ張っていくはずだったのに、実際はこんなにも心強い後輩達に支えられて、こんなにも頼もしい同期達に囲まれていたのだと強く感じた。親でもないのに、この一年でひと回りもふた回りも成長していた後輩や同期の姿に、喜び、感動している自分がいた。
自分勝手な意見になってしまうが、他の人の目にどう写るかより、自分の目に素晴らしい後輩や誇れる同期を焼き付けて引退できることが幸せでならない。これにインカレ優勝がついたら、これ以上ない幸せである。
そんな素晴らしい後輩達だからこそ、「やっぱり関学は強い」と思って来年を迎えてほしい。大好きな同期達とともに、Aチームの4回生がインカレで活躍する姿を少しでも長く見ていたい。憧れで、誇りで、自慢のAチームのサッカーを全国に見せつけてやりたい。自分にできることなんて微々たるものかもしれない。だが、正真正銘の最後まで、その想いを胸に一緒に闘いたい。
去年はああだったとか、今年はどうだったとか、そんなことはもうどうでもいい。辛い思いは嫌というほど味わった。ここからが本当のオレ達の番。すべてをかけて闘う。関学らしく、部員全員で勝ちに行く。インカレを獲るのは関学だ。
あと3回、みんなで勝利のマーチを歌おう。これ以上ない幸せのために、オレは死ぬ気で歌い飛び跳ねる。
4回生 山内馨介