部員ブログ

2021-3-8
二兎を追うものだけが二兎を得る(本山遥)

「プロになる」「プロで活躍する選手になる」
ただそれだけを考えて入学した関学での生活もラスト1年を迎えた。

入部して1年目はBチームで修雅や山見、洵の試合をスタンドから応援する日々だった。焦った。焦りに焦り続けた。さらに僕はBチームの公式戦のIリーグでもB1ではなくB2で試合に出ていた。そんな1年目の大きな転機は夏にBチームで行われたたスポセン合宿である。当時のBチームのキャプテンだった佐藤陸君と同じ部屋になり、さまざまな話をし、そこで僕は「マジでプロになりたいです」と生意気なことを言った。陸君は「お前ならなれる。でもセンターバックでは厳しい、サイドバックならなれる、早崎さんにサイドバックをさせてくれと伝えろ、早崎さんはちゃんと受け止めてくれる」と言ってもらい僕はその言葉の通り早崎さんに伝え、Iリーグの最後の2試合をサイドバックで出させて頂いた。最終節の大阪体育大学との試合は凄まじく調子が良く、そのままAチームに上がり、なんとインカレでは2試合ともスタメンで試合に出させてもらえた。あの時の陸君の言葉が無ければ自分はAチームに上がれていなかったかもしれない、感謝してもし切れない先輩である。

2年目はAチームで全ての試合に出させてもらえたが、この辺りから自分の中での心境が変わり始めた。関学には200人近い部員がいる。当然試合に出ていない選手の方が多い。それなのにAチームの試合を全員が応援してくれる。今まで自分のため、試合に勝つためにしかサッカーをしていなかった自分が関学サッカー部のエンブレムを背負って試合に出る価値は、そんな甘ったれた考えで背負えるほど軽いものじゃないと気付かせてもらえた。
またコンダクターミーティングで創太、タグ、優作がコンダクターになることが決まった。僕らの代はプレーヤーとしての欲が強い選手が多くかなりぶつかった。自分も色々なことを言われたし言った、というか言いすぎた。ごめん。そんな苦しすぎたコンダクターミーティングでタグと優作と創太がコンダクターになることになった。3人ともチームのために行動できる優しい存在で、この3人のためにも覚悟を持ってプレーヤーとしてあと2年間を全うしようと強く、強く心に決めた。

そして昨年チームは日本一を目標に掲げながら関西学生リーグで5試合勝ちがなく全国大会への出場が危機的な状況に追い込まれた。苦しかった、人生で初めてこんなに勝てなかった。勝ち方を忘れ、暗闇の中にいるような気持ちだった。
そんな状況でも自分が頑張り続けられた理由は2回生の時に気付かせてもらえた、自分以外のために頑張るという気持ちである。そのシーズンはコロナウイルスの影響でC2チームは1年間人数制限があり、まともな練習ができていなかった。甲山を走っているのを何度も見た。そんな状況でも声を掛け合って一生懸命戦っている選手達がいるのに自分たちが諦めるわけにはいかなかった。それに加えてAチームが結果を出せないでいる間Bチームが結果を出し続けてくれた。Iリーグで全国2位になった。大きな刺激をもらえた。仲間だけれどAチームとしてBチームに負けていられないと力をもらい続けた。

この3年間を思えば、色々な人から与えられてばかりの幸せな生活を送ることができた。
関学サッカー部でなければ自分はこんなに成長できなかった。
この自分がもらい続けた力を全員で与え合えたら最高なチーム状態になるのではないか、と思った。

それこそ、今年のビジョン「俺が原動力。」である。

ただ、これを目指すだけではもの足りない。自分達はサッカー部、スポーツの世界に生きている。スポーツの世界では結果が全て、と言われるように結果でしか示せない価値がある。「日本一」、これを本気で達成しないと原動力になり合えたかどうか証明できない。
毎年関学サッカー部ではビジョンが掲げられるが、「日本一」という目標はビジョンを達成するための手段である、と定義されることが多い。しかし「日本一」とはそんなものなのか、もしなれなかった時にビジョンが逃げ道になってしまわないか。もちろん日本一になれば全て成功、満足ではないし、全員が原動力になり合えず繋がりの無い「日本一」にも価値はない。だから今年は両方追い求める。二兎を追わずして二兎は得られない。

関学サッカー部は今年、「日本一」になるために「俺が原動力。」になり、「俺が原動力。」になるために「日本一」になる。

男子チーム 新4回生 主将 本山遥


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