2015-8-26
欠如を埋め合わせる(横江 惇)
言うまでもなく、サッカーは足を使います。ボールを扱う最中は、片足で身体を支えることになり、しかもコートには敵味方に区切られた陣地はなく、相手はプレーに対して直接的に邪魔をしてきます。したがって、1人1人の選手は、ピッチ上では非常に不安定な存在です。プレー中には、小さなミスが頻繁に繰り返され、どんなに素晴らしい選手でもミスはするし、1人で打開することはできません。
それでも試合中に選手が輝くことができたり、流れるような美しいゴールが決まるのは、誰かがミスを逐一修正していたり、周りのサポートがあるからだと私は思います。例えば、パスがずれていたとしても、当たり前のように味方がズレを埋め合わせてあげたりします。相手に囲まれ難しい状況の時、味方がパスコースを作るサポートに来てくれます。ピッチ上の存在としての完全を求める中でも、不完全な自らに折り合いをつけ、何らかの形でその欠如を埋め合わせる作業がどこかであると思うのです。
しかし、その埋め合わせる作業はそれほど意識されることはあまりなく、当然のうちになされることが多いです。それらを無意識的に行うことができ、それぞれの良さが噛み合ったチームが強いのかもしれません。一緒にサッカーを戦う味方同士だから、勝つための当たり前の行動だからなのかもしれないけれど、私はこの人と人(選手と選手)の関係性に、とても共感を覚えます。
思えば、私たちはサッカーに限らず、社会で生きる人としても不完全な存在だと思うのです。誰だって失敗はするし、思いもよらないことで困難に直面したりします。そんな時は、誰かのサポートがあったり、誰かが作った制度が守ってくれたり、そうやって生きるため、支えあいながらやってきたと思います。私自身も、自分が気づいている・気づいていないに関わらず、支えてもらっているから、毎日生活を送れたり、サッカーに夢中になったりできます。そんな関係性の大切さをサッカーに取り組む中で、強く感じてきました。だから私も、つまらない目先の損得勘定だけに捉われるのでなく、誰かが困っていたり、ミスをしたら、当たり前のようにサポートに回れる、カバーしてあげられる素直な関係をピッチ上だけでなく、様々なフィールドで構築していきたいと思います。
4回生 横江 惇